谷 貞志

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発売日: 1996-06
発売元: 春秋社
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悟らない論理学
ダルマキールティがいかにしてすべての存在者が瞬間的存在者(刹那滅)であることを証明しているか,読解した本である。ダルマキールティは(1)存在にあらかじめ非存在が内填されているからこそ消滅すること,(2)存在を作用と捉えたうえで,自己差異性を本質とするからこそ作用しうること,(3)言葉以前の知覚に基づいて,証明する。
この証明の詳解とあわせて,著者の「思想」が語られる。著者は瞑想して悟り,大安心に至るという考えを徹底的に拒否する。無常を悟って当所即蓮華国の安楽を得ることを断固反対し,認識論理学的考察に基づいて,ひたすら無常を凝視し続け,それに耐えることを選ぼうとする。
著者はダルマキールティを読むにあたって,「基体(場)を前提して否定する相対的否定」と,「基体(場)もろとも否定する絶対的否定」の区別を強調する。これは「?である」と「?がある」の二つ,いわゆる「である存在」と「がある存在」についての否定の区別にほかならないのではないか。
著者がこれをことさら強調するのは,存在と存在者の混同あるいは同一視に基づくと思う。この同一視によって,存在(=存在者)=実体(本質)と考えられ,本質の否定が存在の否定すなわち刹那滅の証明と等値される。しかし,なにかの本質を認めるということは,そのなにかが存在することを認めることとは別だ。
存在者と存在を峻別し,本質(形相と質料)+存在=存在者,と考える道もある。存在と存在者の同一視はおそらく著者の思想に原因があると思う。本質と区別された「存在そのもの(神)」は,著者にはまったくピントこないのだ。
個人的感想として。存在者と存在の混同によってせっかくの刹那滅の論証が魅力をいちじるしく減じていると思われること,仏教には無常を凝視し耐える論理学ではなく,むしろ大悟と大安心を求めたいから星4つ。
